20 | 神戸市文書館/連合国軍捕虜収容所病院跡 神戸中央神学校碑 |
場所 | 熊内町1-8-21 新神戸駅東へ |
神戸市文書館は、私立池長美術館として1938年池長孟氏により建設されました。戦後はアメリカ軍が接収していました。返還後は1951年から神戸市美術館となり、南蛮美術館として親しまれました。1989年神戸市文書館となりました。 神戸中央神学校跡記念碑は、公文書館南に建つマンション南側熊内小公園にあります。この神学校に連合国軍捕虜収容所病院が設けられました。アメリカ海軍捕虜軍医マーレ―・グラスマンさんは、開戦直後の1941年マニラ湾キャビテ海軍基地で勤務中日本軍捕虜となり、大阪の収容所から7月神戸の捕虜病院へ移動、そこで出会った大橋兵次郎という日本人軍医と出会い、日米の医師の交流や、共同で3月6月の大空襲被害にあった人々を助けたと証言しています。(「アジア太平洋戦争と神戸港」神戸港における戦時下朝鮮人・中国人強制連行を調査する会 2004年)1945年6月5日の空襲で焼けてしまいました。戦後アメリカ軍が接収していました。 |
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神戸市文書館 |
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記念碑のある公園 |
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中央神学校跡の記念碑 |