灘区

19 小泉製麻跡
場所 新在家南町1-2-1

 阪神新在家駅南側の、現在ショッピングモールが立っている場所には、かつて小泉製麻の工場がありました。戦時中この工場は戦地に送る麻袋などを作る軍需工場とされ、学徒動員で垂水や有馬などからやってきた女学生が働いていました。6月5日の空襲の時には工場の地下室に潜り、難を逃れたといいます。
 当時、女学生として工場に働いていた方が空襲の様子についてこう証言しておられます。「家に帰ろうとしても電車が動いておらず、歩いて将軍通から三宮へ向かいました。途中、被災した人々が水を求め、助けを求めていました。道には真っ黒になった遺体が転がっていて、怖かったです。戦争が終わった後も怖くていまだにあの道は通れません」。
 戦争が終わると、小泉製麻の工場や社宅は連合国軍に接収されました。「駐留していたアメリカ兵から英語を教えてもらった」「ガムやチョコレートなどお菓子をもらった」といった証言もありました。
小泉製麻跡のサザンモール
小泉製麻社宅あと
小泉製麻社宅と北側将軍通に行く道
小泉製麻創業百年記念
記念植樹碑